宮崎南部で神社や奇岩やお城を見てみる(後編)

宮崎南部で神社や奇岩やお城を見てみる(後編)

鵜戸神宮を後にして走ること約30分で飫肥城に到着しました。無料駐車場もあって落ち着いて観光ができます。

そして駐車場の出口には

名物となっている「おび天」のお店があって、食べ歩き用に買うことができます。一個買って食べてみましたが、豆腐が入っているために普通の練り物に比べてふっくらとした食感です。


そして飫肥城大手門。なんか風格があってよいですね。

門を入って振り返ってみると、昔の城下町の雰囲気を街から感じることができます。

しかし飫肥城は実際に行ってみるととても不思議な感じがする城でした。

大手門を入ってみると、

お約束の桝形があって防御を固めている。
さすが島津と伊東が100年にわたって取り合った場所に立つ城。

と思ったらなんか、桝形からの道がフリーになっていて、防備をどこまで考えて縄張りを作ったのかいまいち分からない城です。

写真だとわかりにくいのですが、大手門を抜けた後は特に門もなく(その跡らしきもものない)、広い道が左右に広がっています。(下の写真の右側が大手門の方向)

そんな疑問を持ちながら奥のほうに入っていくと、大地震による被害を受けて後で作られた新本丸跡は小学校になっている広い場所で、旧本丸は少し高いところにあります。

旧本丸には立派な石段や

石垣もあります。

旧本丸の跡は飫肥杉が林立する場所になっていました。

ただ、その先は崖、そして川になっているのでそちら側の守りは堅そうです。裏門側も崖になっていました。

しかし、5万石の大名の居城にしてはでかすぎて、守り切れないのではないかという疑問もわいてきます。対島津戦で北から援軍が来ることを前提に作られているのでしょうか。

ぐるっと回って再び戻ってきて大手門から出て街並みに向かいますが、ここでも不思議な感じがあって、空堀のところに石垣(石塀)があります。(右の石塀は武家屋敷)

これだと敵がここに伏せて隠れることができてしまうのでは・・・

という疑問。

そんな疑問を持ちながら歩いてみますが、街は昔の雰囲気を残していていい感じです。

飫肥出身の小村寿太郎の生家も残っています。

そして流れのきれいさを取り戻すシンボルとして、用水路に鯉がかわれていて、のどかな感じがする場所でした。

城についてぶつぶつと疑問を述べてしまいましたが、観光都市としてはよい場所なのでお勧めできます。


そして宮崎空港に向かう道の途中で北郷温泉郷を訪ねてみました。

ここは隠れた名湯のようで、丸新荘さんの立ち寄り湯を訪ねてみましたが、

源泉かけ流しの昔ながらの温泉感がありました。(人がいなかったので中の写真も撮ってみました。ガラスの奥が露天風呂。)

この旅館の前にはネコが複数たむろしていて、人に慣れているのかごろりと転がって撫でろと言ってきます。人慣れして逃げないので、車で出るときに轢かないように気を使いましたが・・。


参考までに今回のルートを載せてみます。

レンタカーで宮崎駅を8時半ごろに出発して、宮崎空港に16時前に着くような半日コースでした。

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